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3-2Watanabe (Page 75) - 東京都市大学 情報基盤センター |

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In search of OS for the design of second generation How to foster ability to visualize future?

Yasushi Watanabe

Collaborative Knowledge Laboratory

5-8 Enomotochou, Hakodate, Hokkaido 042-0931, JAPAN [email protected]

Abstract

Bauhaus is the starting point of contemporary design. Under its overwhelming influence, are we able to substantiate new vision beyond Bauhaus?

Is  there  a  possibility  of  new  generation  design  which  goes  beyond  ordinary  object  design  and  connects  such  various  areas  as  information, environment and human activity?  What are the tasks for it? This paper examines Operating System for new generation design.

バウハウスを遠く離れて

バウハウスという運動が目指した、アートとテクノ ロジーの融合による統合的なデザインというヴィジョ ンは現在もなお色褪せることはない――こんなフレー ズ物言いも随分と陳腐な感じがしてきた。そう書くと 語弊があるだろうか。バウハウスを今日的に再評価し ようとすると、どうしてもその重力圏に捕らえられて しまい、そこから抜け出せないような気がしてしまう ような気がするのだ。

もちろん僕は、バウハウスを評価し直すこと自体を 批判したいわけじゃない。現代デザインを切り拓いた 運動として、デザインをめぐる学びと実践とが分かち がたく結びついた場づくりの試みとして、バウハウス の影響力は未だに圧倒的だと思っているし、1990年代 以降の欧州や日本の各地に「デジタル・バウハウス」

を標榜する研究・教育機関が続々と誕生したことも、

その証明なのだということは十分承知しているつもり だ。

ただ、ここ数年日本でも最高潮に達している感もあ るモダンデザインの再評価の動きなんかを眺めている

と、ついつい「あぁ、過去の遺産を喰い潰すのはそろ そろ控えた方がいいんじゃない?」と口走りたくなる。

もし、デザインのマーケットがただ単に懐旧的な「流 行」として、ミッドセンチュリーには飽き足らずバウ ハウスにまで触手を広げているんだとしたら、かなり 由々しき事態じゃないだろうか。何故ならそれは、現 在のデザイン力には強力に人を惹きつける「何か」が 失われてしまっていることの裏返しだからだ。

デザインは本質的に人や社会の「未来」の姿を可視 化するための営みだと僕は思う。そのミッションは、

かつて「未来」という言葉の持っていた、まばゆいま での価値がすっかり暴落し切った今も、基本的には変 わっていないはずだ。でも、この困難な時代にあって

「未来」を可視化しようという試みは、まったく容易い ものじゃない。では、どうしたらいいんだろう? こ の問いはプロのデザイナーだけじゃなく、すべての人 に開かれた問いでもあるように思う。

おそらく、モダンデザインに再び多くの人々が惹き つけられているのは、かつてあった「未来」に対する ポジティヴな意識を少しでも取り戻したいという潜在 的な欲求から来ているんじゃないだろうか。モダンデ

次世代デザインの"OS"を求めて

――未来を可視化するチカラとは?

渡辺保史

智財創造ラボ・シニアフェロー 要旨

現代デザインの出発点だったバウハウス。その圧倒的な影響力のさらに先に、僕たちは果たして新しいヴィジョンを実体化する ことができるのだろうか? 従来のモノのデザインを超えて、情報や環境、あるいは人間の活動といった様々な領域を繋ぎ、統合 する次世代デザインの可能性と課題とは一体何だろうか? この小論では、次世代デザインを駆動させるOS(オペレーティン グ・システム)について考えてみたい。

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ザインのすぐれたデザイナー達は、豊かなイマジネー ションをもって「今までにないモノ」「あったらいいと 思うモノ」を世の中に送りだしていった。つまり、モ ノに仮託して望みうる未来の生活や社会を具体的に構 想することがモダンデザインの時代には当たり前に行 われていた。バウハウスは、そうした未来のヴィジュ アライザーたちの出発点だったということになる。

デザインのOSを再構築する

もう一度、現在のデザインに「未来」を構想し可視 化する力を発揮させることはどうやったらできるんだ ろう? バウハウスやモダンデザインを再評価するに しても、その成果物(デザインされたモノ)の形や色 の美しさのような表層だけにこだわるあまり、デザイ ンという営みを社会との関わりの中で捉える視点を欠 いていたとしたら、僕ら自身が本当に行っていかねば ならない「未来」のデザインにとって、まったく生産 的とはいえないだろう。

デザインの分野が取り組むべきなのは、デザインが 本来持っていたはずの「未来」を可視化するという機 能を再構築すること。それも、これまでのデザインが 奉仕し従属してきた市場経済やテクノロジーでなはく、

もう一度真剣に人間の生活や社会にしっかりと軸足を 据えることによって、だ。

デザインの働きを再構築するときに、僕は「デザイ ンOS」というコンセプトを当てはめてみるのはどう か? と考え始めている。バウハウスにしろ、その後 のモダンデザインの潮流にしろ、核心には何らかのオ ペレーティング・システムにあたるようなものが駆動 していたのではないだろうか。それは、デザインの様 式や技法などといった事柄の背後にある、モノづくり に対する人のスタンスとか思想とか、そういった類の 目に見えないもの束としてあるような気がしている。

バウハウスの場合、OSにあたるのは「デザインの諸 領域の建築(バウ)における統合」とか「芸術とテク ノロジーの再統一」といったヴィジョンであり、それ を取り巻くように具体的な教育カリキュラムがあり、

またその背後には人間や芸術、社会に対する思想的な 骨組みがあったということができるだろう。バウハウ スがわずかな期間ながらもデザイン運動として強力に ドライヴし、現在もその影響力をデザイン界の隅々に まで浸透させることができたのは、非常にしっかりと 体系化し整合性のとれたOSというエンジンがあったか らだ。

だが、このバウハウスのOSをそのまま駆動させてい くだけでは、21世紀の社会が本当に必要とするデザイ ンの力は再構築できないだろう。OSをヴァージョンア ップさせるか、全く新しいOSをインストールし直す時 期がとっくに来ているのだ。バウハウスのOSには、デ ザイン領域同士、あるいは芸術と産業とを統合させて いくという重要な機能が含まれているけれど、一方で 近代的な機械工業技術に依拠しているため、大量生産

と大量消費を是とする産業主義的な価値観に通じる部 分もあった。ますます深刻になりそうな予感のある―

―つまりは僕らが「未来」をポジティヴに構想できな い大きな要因でもある――自然環境の破壊や人口の増 大、貧困や差別、地域・民族間の紛争などといった、

地上のあらゆるところに噴出している社会的な問題に 対して、現代デザインはほとんど何も有効な手立てを 打てなかった、いやそれどころか、間接的に社会的な 問題を引き起こす遠因になっていたのだとすれば、バ ウハウス的なデザインOSは実はそこかしこで機能不全 を起こしていたとも言えないだろうか?

バウハウスやモダンデザインの優れた点は継承しな がらも、機能不全や欠落していた部分を補い、根本か らデザインのOSそのものをリ・デザインしていくこ と。僕らが、かつて試みられた(もはやノスタルジー でしかない)テクノユートピア的な「未来」と訣別し、

困難な時代をサヴァイヴしていながら本当に望ましい

「未来」を構想するために緊急にそれが必要だと思う。

ともにデザインすること

バウハウスを引き継ぐ、新しいデザインOSはどうな るのか? はっきり言って、まだ分からないことが多 過ぎる。様々な現場で取り組まれ始めているいくつか の興味深いチャレンジに、おそらく未来を構想し可視 化していくためのデザインOSの萌芽が含まれているこ とは確かなはずだ。けれども、今まであまりにデザイ ンという世界が専門特化し、ある意味では孤立もして いたために、見過ごしてしまったり、断絶したままの 知恵や経験のリソースと向き合う機会を、デザインを 社会に送りだす側も、それを使う側も共有しきれてい ないような気がするのだ。

いや、そもそもデザインを社会に送り出すという言 い方がおかしいのだろう。デザインはもともと社会の 中で生成されていくものであり、そこには、作り手と 使い手がある場を共有し、「ともにデザインする」可能 性が常に/既に含まれていたはずなのだ。実はこの、

「もにデザインする」という姿勢こそが、次世代のデザ インを駆動させていくOSのカーネル(核)になってい くのではと、僕は予感している。もっと言い換えれば、

従来の組織構造や組織力学を超えた、コミュニティ型 の協働により展開されるデザインこそが、「未来」に対 する閉塞感や視界不良を打開する術の一つになりうる のではないだろうか。

20世紀末から今日まで顕著になっている新しい潮流 の多くが、この「ともにデザインする」というOSによ ってドライヴされていることは、少し事例をあげただ けで、理解できると思う。たとえば、ハッカー達の協 働で 文字通り「よってたかって」デザインされたLinux のようなオープンソース・ソフトウェアの方法論。そ のオープンソース型デザインの基盤であり原型でもあ ったインターネットの爆発的な拡張。国際社会や地域 コミュニティにおけるNGO・NPOの台頭....などなど。

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77 デザインの専門家たちも、「ともにデザインする」こ

とでデザイナー、ユーザーの双方にもたらされる豊か な成果をようやく認識しつつあるようだ。コンピュー ターと人間の対話環境のデザインに端を発した「イン タラクション」(相互作用)というデザイン領域に対す る急速な注目は、それを象徴する動きの一つだ。イン タラクション・デザインは、狭い範囲だと情報システ ムとその使い手との対話構造を使い勝手よくデザイン することでしかないが、より敷衍すると、社会そのも のを構成し、社会のダイナミズムを生み出すための重 要なファクターとして捉えることができる。その可能 性は、情報機器インターフェイスからプロダクト、建 築・都市、あるいは企業の組織形態やワークスタイル、

地域コミュニティの人間関係、そしてもちろん、学校 などでの学びのスタイルなどへと拡張して考えていか なくてはならなくなる。

要するに、インタラクション・デザインは、人が他 者と出会い対話したり協働したりする領域(=社会)

に軸足を置いてデザインを再構築しようとする試みに ほかならないわけで、もっと言ってしまえば、最近ウ ェブデザイン業界なんかで流行りのタームである「エ クスペリエンス」=経験をデザインがどう捉えるか、

という問題に直結してくる。ウェブ業界あたりでいう エクスペリエンス・デザインというヤツは正直言って、

人間の「経験」がもっている多様性や多層性をちょっ と矮小化し ている感じがするけれども、インタラクシ ョンという経験の領域をどう拡張するかというデザイ ンの問いは、次世代のデザインのあり方を模索してい く時にすごくいいヒントを与えてくれると思う。

「現場」から始まる未来への模索

人の経験の多様性を中心にデザインを考え直すこと は、最終的には、従来の産業主義に貢献し従属してき たデザイン観に幕を引くだろう。

この領域には、今までのように、デザインの「生産 者」(企業やデザイナー)と「消費者」(ユーザー)と いう決まり切った関係は存在しなくなるし、当然そう した関係のもとで取り交わされるデザインは単に見た 目がキレイだったり機能的だったりする「モノ」より も、むしろ人が対話したり協働するような場だったり 人の経験をアシストしてくれる仕組みだったりと、目 に見えない「コト」の方が重視されていく。知覚や身 体のあり方を捉え直すことも当然視野にのぼってくる だろう。

新しいデザインのOSは一朝一夕に出来上がるものじ ゃない。それは、様々な現場で試行錯誤し模索するこ とを通してでしか実現していかないだろう。けれど、

ただ一つ確実にいえることがある。今まで分断されて いた領域を繋げ、専門家や実践家、生活者といった異 質で多様な人々同士が、対話と協働を通して新しいモ ノ・コトを作りだしていく――こうした「現場」を自 分の身のまわりから立ち上げていくことが、僕たち自

身が望むべき「未来」へと一歩ずつ足を進めていくこ とへつながるのだ。ある場を共有しながら、そこでデ ザインとその学びを分かちがたく実践していく。それ も、関連する様々な領域の連携や融合のもとに――バ ウハウスが目指した「自由で開かれた学校」というヴ ィジョンは、そういう意味ではこれからようやく開花 することになるのかもしれない。

だから、次世代のデザインOSを構築するということ は、バウハウスが作り上げたメタコンテクスト――そ れを、「繋がりと融合を目指すための実践の場の構築」

と言い換えておこう――を下敷きにしながら、人の経 験の多様性やインタラクションといった「個と社会を めぐる関係性」の領域と真っ正面から向き合うための 新しいデザインの発想や手法を模索していくことを意 味すると、とりあえずは言うことができるんじゃない だろうか。当然それは、プロダクトとかインテリアと か建築とかファッションとかいった別々のジャンルで はなく、色々な要素が溶け込み一体となったデザイン を生み出す原動力となっていくはずだ。

21世紀の社会が抱え込んでいる厄介で困難で膨大な 問題群に対して、デザインがその力を発揮していくた めには、改めて人間(そして社会)という原点に立ち 戻っていかなくてはならない。バウハウスは、人間を 中心にしてデザインのあり方を再構築する試み=「ヒ ューマン・センター・デザイン」の源流でもあった。

残念ながらその精神は十分に継承されているとは言い 難い。新しいデザインのOSを構築する作業は、今よう やく始まろうとしているのだ。

コミュニティのOSをデザインする

最後に、次世代デザインへ向けた僕自身の模索につ いて紹介しておこう。

現在、僕は「智財創造ラボ」(collaborative  knowledge laboratory)という活動体のシニアフェローを務めてい る。日本語で、「ちざい」といえば、通常は「知的財産 権」のことを意味する。しかし、僕らが言う「ちざい」

は、企業やコンテンツホルダーが囲い込む類のもので はなく、むしろ、人々の社会的なインタラクションか ら生み出される、一種の「つながり」=関係価値のよ うなものだと捉えている。智財創造ラボでは、そうし た「つながり」=関係価値が生じていく基盤(プラッ トフォーム)としてコミュニティを捉え、そのあり方 をデザインしていくことを、中心的なテーマに据えて いる。先に述べた言い方にならえば、「ともにデザイン する」ための基盤としてのコミュニティに着目しよう、

というわけだ。言い換えるなら、コミュニティを持続 的に発展させ、かつそこから新しい価値を創出してい くためのOS=コミュニティOSのデザインこそが、戦略 的なテーマだといえるかもしれない。

コミュニティを基盤とした実践がうまくいく背後に は、ビジョンと行動力に溢れたリーダーや、多数の 人々の対話や協働を助ける情報ツール、あるいは、居

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心地と機能性とが絶妙にバランスした建築空間、そん な存在が指摘されることが多い。しかし、先ほどバウ ハウスをめぐる考察でも述べたように、最も重要なの は、実はこうした「かたち」のあるものの背後にあっ て、全体を包み込む一種の「思想」や「体系」こそが、

コミュニティOSの核になっているのではないか。

コミュニティから生みだされる知的な価値が、これ からの社会のエネルギーになっていくのだとすれば、

そのコミュニティ自体を持続的に発展させていくため の核となる存在を的確に見据え、育てていくことが、

これからのビジネスやその他の社会的な活動にとって も非常に重要になってくるだろう。智財創造ラボは、

こうしたコミュニティOSを、さまざまなコミュニティ の現場で活動する人々自身が発見し、育てあげていく ことを、何とか手助けしていきたいのだ。

智財創造ラボの活動は昨年から、ソシオエンジン・

アソシエイツという社会系コンサルティング会社と、

フレックス・インターナショナルという、マーケティ ングやコンテンツ制作を専門とする2社による共同事業 として立ち上げた。ここに、様々な企業やNPO、行政、

あるいは大学、あるいは僕のようなフリーランスの人 間が緩やかなネットワークをつくりながら、複数のプ ロジェクトを並行して(時には連携、融合しあいなが ら)展開している。

試みにいくつかプロジェクトの例をあげておく。情 報デザイン系のプロジェクトとしては、「コミュニティ ウェア」と呼ぶ情報システムの開発を行っている。「関 心空間」という、ユニークなウェブ上の知識コミュニ ティサービスをプロジェクトメンバーが開発提供して いるが、これを一つのプロトタイプとして、人と人の つながりを可視化し、そこから新たな知的価値が生ま れてくるようなツールの実現を目指している。このプ ロジェクトは、通信・放送機構(TAO)の研究助成に も採択され、関心空間の視覚化システムを地域コミュ ニティ向けに導入する研究開発を進めているところだ。

また、「コミュニティ・ソリューション」というテー マのプロジェクトもある。これは主に、地域コミュニ ティの人々自身が使える、自分たちのコミュニティを 評価したり、再発見したりできるような道具の開発や、

導入のコンサルティングを主な内容としている。僕自 身、現在住んでいる北海道函館で「ハコダテ・スロー マップ」という環境マップを企画制作しているが、こ うした地域再発見のための情報デザイン手法や、地域 通貨の導入や運用、コミュニティ評価のためのアセス メント手法を、それぞれのコミュニティの特性や状況 に応じて導入していくための手助けを行おうというも のだ。

ある大手印刷会社とは、3年から5年後をターゲット に据えた、次世代メディアの研究開発を最近進めてい るところだ。従来の印刷会社は、コンテンツホルダー から情報を預かって編集加工し、エンドユーザーに送 り届けるビジネスをしていた。これに対して、そのプ ロジェクトでは、徹底して「ユーザーの経験をどうデ

ザインするか」という視点で、たとえばデジタルペー パーを使った新しいタイプの読書の経験のモデリング を行ったり、ユーザーコミュニティの中で共有されて いる知識を、コンテンツとして発掘して社会に送りだ していくビジネスモデルをクリエイターとの協働でデ ザインしていく。

さらに、ラボ自体のショーケースとして、「Future Communities」というフォーラム活動もスタートさせた。

東京駅前の丸ビルにある異業種共同サロンを舞台に、

「智財」をライブでつくりだすような雰囲気の場づくり の試みであり、従来型のセミナーよりも、ワークショ ップに近い、参加とインタラクションを重視した場だ。

6月に立ち上げのフォーラムを行ったほか、10月には、

生活者の視点・発想に立った科学のあり方を考える

「Living  Science」というテーマで開催した。今後は、

「会議のデザイン」という知的創造のための環境デザイ ンや、あるいは、本を触媒にして人々の知識共有のス タイルをデザインし直そうという実験的な事業も地方 の文化施設などと共同で企画を準備しているところで ある。

まだスタートしたばかりで、こうした現場から一体 何が生まれるのか、私たちにも予測できないことが山 のようにある。しかし、今の僕らのスタンスは、かつ て、パーソナルコンピュータを発明したアラン・ケイ が語った次のような言葉に強く勇気づけられ、気概を もって仲間たちとプロジェクトに取り組んでいる。そ の言葉を引用して、論を締めくくることにしたい。

「未来を予測する最もよい方法は、未来を発明する ことである」(the best way to predict the future is to invent it.)。

参照

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